先駆村/明日襷-asitaski-/日本の祭り 2013年08月

先駆村/明日襷-asitaski-/日本の祭り

僕らが未来へ残していける風景を考え、学ぶ。明日へつなぐ僕らの襷。明日がもっと好きになる。アシタスキ。日本の祭りや文化,人々を動画や写真,文章で紹介していきます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

岐阜、お茶と盆おどりの旅 1

P8140053.jpg


[日時]2013/8/14~17
[場所]岐阜県郡上市八幡町 徹夜おどり


陸前高田から、約1000km。


岩手の地で先祖を迎え、地元横浜で祖父の帰りを見届けて岐阜で先祖を弔う。
場所は大きく異なるが、今年は各行事を本気でこなすつもりだ。

今度は岐阜へ。

岐阜へ行くのは3度目だ。

一度目は5月。春日村でお茶との出会いだった。一番茶を摘み、深く高尚なお茶の文化の入り口を見つけた。
二度目は6月。二番茶を摘んだ。二番茶は紅茶にむくと聞き、春日茶をこよなく愛するちゃぼぼ園の中村さよさんに教わり、実際に紅茶を作った。鮮烈の美味しさだった。

岐阜の魅力にとらわれ始めていた。


岐阜、郡上八幡では「徹夜おどり」が行われるという。
はっきり言って盆踊りの文化は僕の中には全然なかった。
先日まで炭坑節も踊れなかったくらいだ。

 徹夜おどり?

聞いたこともなかった。
非常に不勉強で恥ずかしいのだが郡上八幡での徹夜おどり、とは毎年お盆の四日間(今年は8/13~16)に毎日夜20:00ころから朝4:00ころまで郡上おどり、というおどりを踊り続けるのだという。

凄まじい行事。

僕はおどりは全くの素人だが、とてもワクワクしていた。
楽しみだ。



今回、東京から向かった仲間は6人。
現地合流を含めて8人が明日襷クルーとして現地調査をする。
といっても、ただ心の限り楽しむだけだ。

現地についたのが午前7:30。

徹夜おどりの開始まで、僕らは郡上の街を楽しむ予定となっている。
郡上小学校の校庭が一般向けの駐車場になっていた。
僕らが到着して一番最初にやったのは、投網の練習だ。

投網?

P8140045.jpg


と思うかも知れないが、投網の練習は今回の旅では非常に重要な要素である。
後でわかってくるはずだが、僕は前日炎天下広場で約3時間、投網を投げ続けていた。
まだ完璧とは言えなかったので調整のため投げる。
広い校庭は練習にはうってつけだ。
仲間にもはじめて投げてもらうが、全く広がらない。
コツをつかむまでは難しい。


ひとしきり投げた後、僕らは郡上を流れる川へ向かった。

郡上八幡は水の街だ。

郡上の街には地元の人が大事にしている水路が流れていて、飲料水にもなるし、野菜を洗ったり、冷やしたりするのに使う。

川とともに生きているのだ。

そこを鯉や鱒が気持ち良さそうに泳ぐ。
淀んだ公園の魚達とは違い、魚達は気高く、嬉しそうだ。

P8140048.jpg


天気が最高に良かった。
水は勢いよく流れ、ピカピカと澄みきっている。
町並みは美しく、夜の面影も漂う。
屋台にはちょうちんが並ぶ。

P8140049.jpg


日本の風景だ。


そこには人のいとなみがある。
スーパーに行けばおばちゃんが夜のおかずを買っているし、釣具屋のおっちゃんは団扇片手に人通りを眺めている。


子供達は川へ飛び込み、アユ釣りに没頭するいつかの“少年”たち。
日常、なのだ。

夜になれば世界中から郡上おどりを踊りに来るという。
そんな風景の一ページに入り込んでいる。
僕らも登場人物なのだ。


夜になるまで、ぼくら少年少女達はずっと川遊びをしていた。
こんなところから飛び込む仲間もいた。


郡上の川、郡上の街は優しく僕らを迎えてくれ始めていた。









スポンサーサイト
  1. 2013/08/24(土) 00:49:33|
  2. [岐阜県郡上市]徹夜おどり
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

小田原のご縁 4

2日目の朝。

この日もいい天気でした。
神輿は昼から。僕はひとり朝早く起きて三浦半島へと向かっています。


僕は三浦海岸の駅につき、バス停を見ました。
バスはしばらく来ないようなので、駅そばを食べます。

コロッケそばひとつ。


1年に何回かしか来ない三浦。
いつも僕の中の風景は青空です。駅前で変わらずサザエを売っていて、反対側では小さな野菜の直売所。

目の前に広がる三浦の海岸を眺めながらバスは走っていきました。


三浦霊園前。そこからお墓までは15分ほどの道のりです。
どうせ早めについたので僕はゆっくり歩いていきました。
ゴールデンウイーク、快晴の朝。

小さな土手にはまだつつじがきれいに咲いています。
おじいちゃんと遊ぶ小さな子供。しゃぼん玉。
お天道様は少し強めに照りつけ、額に少し汗を浮かばせながら霊園の坂を上がっていきました。

まだ兄貴や姉ちゃんは到着していない様子。
僕は一息ついて良く手入れされた庭園のベンチに座って池をぼんやり眺めていました。
眠くて二三度舟を漕いだ頃、電話が鳴ります。

 ついたよー、どこー?

兄貴達が到着したようです。


黒塗りのマジェスタ。車屋の兄貴はいつも違う車に乗っています。

 よう!

兄弟と、伯母さんと、姪っ子、甥っ子。こんな時にしか揃わない互いに忙しい家族ですが、みな笑顔で再会しました。

親父の墓からは相模湾がきれいに見えました。
高台からの見晴らし。
永遠の晶
と刻んであります。


僕は線香をあげ、手を合わせて目をつむりました。
たくさんの情景や感情が浮かんできますが、言葉に変わる前に僕は目を開けました。

5年。

長いようで、短い。
様々なことがありました。何かが変わったようで何も変わらない。

今日は親父の命日です。



小田原へ戻ると、今日もたくさんの仲間と待ち合わせしています。
初めての人もいれば、久々の人達も。
しかし人が少ないので早く来てくれと電話がかかってきていたので、自己紹介もままならず。

とりあえず、行きます!

と神酒所まで走ります。
こんな慌ただしいハプニングも祭りならでは。
こんなことさえ楽しみながら今日も祭りが始まります。


僕らが参加している祭りは「大稲荷神社例大祭」です。
ゴールデンウイークは小田原は祭り一色になります。
5月2日、3日と北条五代祭りといって早雲から五代続く北条家を偲ぶお祭りで、小田原城から甲冑隊や忍者のパレードも出る盛大な催しです。

ホームページに様子があります→http://www.scn-net.ne.jp/~ms81999/godaimaturi.html

そして4日、5日は松原神社、大稲荷神社、山王神社、居神神社、下府中神社の五つの神社の例大祭を合わせたものです。

僕らがいるのは大稲荷神社氏子町会の四区。地元の方には「だいなり様」と呼ばれ親しまれています。

お昼頃になると駅前に行って松原神社の町会神輿とも顔合わせします。
僕らは四区の半纏ですが松原神社の町会は浴衣で担いでいるところも多い。

応援に来ていた妹と。

[UNSET] (2)



漁師町の神輿には独特の文化が残っており、木遣りを唄いながら走って担ぐ姿や他の神輿と合体する姿は勇壮です。

また松原神社では「飛神杯」(神輿が走ることを飛ぶ、と言うようです)神輿のタイムトライアルがあります。
面白いですね!

こちらも→http://www.en-phots.net/P120504.html


昼間の駅前での顔合わせが終わると僕らは大稲荷神社へと神輿を担いで向かいます。
途中走ったり、他町会と合体したりしながら

えいっさー、こりゃっさー

と声を張り上げていました。


だいなり様の古い階段に全町会の神輿が並びます。古い桜の木の下で宮入りの時を待つぼくら。
この時の緊張感はなんとも言えません。

[UNSET] (1)


前の町会の5区の宮入りが始まります。


宮入りのとき。
三本、木遣りを奉納します。
神輿に乗った神様を返す時です。

僕らも気を引き締めます。

三本目、最後の木遣りは歌詞が決まっています。

そーりゃんえー 十で当地のよーえー 大稲荷様だぞ よいとなー

それを聞いた後僕らは社の階段まで走ります。
ぴたっと止まった後子供が神輿にのり、木戸を開けて中から御札を取り出し、神主へと渡します。
その間 えっさ ほいさ と力の限り叫ぶ。

きっちりと宮入りが完了しました。


少し休んでから、各町会へと帰っていきます。

ひとつ、嬉しいことがありました。
神酒所前。

どっこい、やろうよ!

 どっこいどっこい どっこいそりゃ

の掛け声が始まると、前から僕を呼ぶ声が。

 甚句、唄ってよ。

甚句を2曲唄わせてもらい、全行程渡御が終了しました。

小田原、神輿で繋がるご縁。


その夜もたくさんのありがとうを伝えることが出来ました。

また来年の神輿へ向けご縁を大切にしていきたいと思います。


  1. 2013/08/22(木) 15:27:27|
  2. [神奈川県小田原市]大稲荷神社例大祭 
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

“うごく七夕”〜陸前高田へ 2

[日時]2013/8/7
[場所]岩手県陸前高田市和野地区
[祭り]うごく七夕


昼の部が終わると、一同はみな朝集まった会館へ戻る。

もう僕らは一介の「お手伝い」じゃない。
ともに山車を曵き、祭りを作る「仲間」。
そう、言ってくれた。

972319_311992265610887_994114230_n.jpg


僕らは昼休み、ともに酒を酌み交わす。
同じ時を、一生懸命を共有した。
それでいい。
その時に笑い合える、楽しい時間を過ごせる。それが縁であると思うから、僕はずっと大切にしたいと思う。

同じ時、隣町の気仙町では900年続いているという伝説がある「けんか七夕」が行われていた。
僕らが曳いた山車をぶつけ合うお祭りだ。

そこにも大きな大きな、祭りを巡る物語がある。

来年はけんか七夕は一時中断するという。


祭りが一瞬途絶えてしまうとき、復活させるために必要なエネルギーはすさまじい。


けんか七夕を巡る物語はまた後日書くことにする。



18:00。夜の部が始まる。

まだ日は落ちないが山車は優美にライトアップされる。


山車の上に乗っている若者は男も女もさらし姿に変わっていた。
強く、美しい。

1150184_451368364971462_1890773104_n.jpg


午前中とは違った空気が流れている。
山車を曳く僕の体にも力がみなぎる。

よーい、よい!

力の限り叫び、曳く。僕が出来るのはこれだけだ。
ただ一生懸命。それだけ。


たくさんの山車が交錯する。
山車同士がすれ違うとき、囃子の音色は「あゆみ太鼓」から「けんか太鼓」に変わる。


囃子手達はより激しく、力強く。曳き手は声を上げる。


お祭りだ。



怒号ではなく、喊声。

まだ、声が出るか、まだ体は動くか!



遠い陸前高田の地、先祖が守ってきたこの祭りを、今回の震災を乗り越えまた行うことが出来た。

一瞬だけど、陸前高田「和野組」の一員になれたことがとても嬉しい。



祭りを行うにはたくさんのエネルギーが必要だ。

人の心、連帯。地域、コミュニティ。



祭りの風景の中にいる人はいつも素敵だ。

僕もその1ページでありたい。



陸前高田のご縁に感謝します。
本当にありがとうございました。









 
  1. 2013/08/21(水) 14:23:00|
  2. [岩手県陸前高田市]うごく七夕 
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

~盆を探しに~その① 浜のBON DANCE! - 森戸の浜の盆踊り‐

こんにちは!Asitaskiインターン生のまぎーです。

 みなさん今年のお盆はどのように過ごされたでしょうか。
ご実家で墓参りや、たまに顔を合わせる親戚との団欒を楽しまれた方。
お盆休みを利用して御実家に帰られた方。お仕事だった方もおられると
思います。
 

 ”そもそもなんでお盆って休みなんだろう?”


 今年のお盆、我々Asitaski Crewは日本の盆の原風景を
探す旅に出ました。
 目的地は日本三大盆踊りのうち、徹夜おどりで有名な
岐阜県郡上八幡の”郡上おどり”。

 道中の思い出と共に、私が出会った”日本の盆”をレポートします。

-----------------------------------------------------------------------
その①~浜のBON DANCE!~

 [日時]2013/8/13
 [場所]神奈川県葉山町 森戸の浜の盆踊り大会 

 そういえば盆踊りなんて子どもの頃、新潟県十日町市まつだいにある
祖父の家の近所の小さな小さな神社で踊ったきり…

 日本三大盆踊りに行く前に、まずは盆踊りの雰囲気を感じよう!と、
noaさんオススメの”森戸の浜の盆踊り大会”へ向かいました。
 
 会場は海水浴のできる浜辺。おしゃれな海の家が立ち並ぶ中、
突如現れたちょうちんの灯りと盆踊りのメロディ。

 ビーチを楽しむようなカジュアルな服装の若い人、外国人、子どもたち。
彼らが輪になって取り囲むのはなんとギターやベースのバンドで構成
されたバンド!


葉山 その1
  
 演奏を担当する葉山盆楽団の方々は普段はレゲエミュージックのミュージシャン。
プロの奏でる炭坑節・東京音頭・花笠音頭に合わせて踊ります。
もっとも盛り上がるのは地元葉山の葉山音頭。

 振付が覚えられずもたつく私の隣でとても上手に踊る方が…と
横を見ると完璧に踊りこなすのはなんと外国の方!!

 これまでの盆踊り観を完全に覆されました。
年齢も、国籍も、宗教も飛び越え、地域全体で輪になってこの空間を楽しむ。
 盆踊りの一つの大切な役割がここにあるような気がしました。

浴衣に身を包んで。
葉山その2

                        
                     maggie.
  1. 2013/08/21(水) 13:41:22|
  2. アシタスキユースmaggie
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

陸前高田最後の日に

[日時]2013/8/11
[場所]岩手県大船渡市大船渡町野々田地内 屋台村特設会場
[名前]第三回 三陸海の盆

日曜日はお祭りの片付け。山車の解体を行った。

[UNSET] のコピー


朝集合して、山車から棒を抜き、保存場所へ移動させる。
お祭りの時の熱さはもう、ない。

来る人はみな、もう 地域のおじさん だ。
世間話をしたりしながら着々と山車や飾りを解体したりしている。


今日でお祭りは終わりだ。あの日いた顔も全ては見えない。

約一ヶ月間毎日飾りをつくり囃子を練習してきた「和野組」のお祭りが終わってしまうさびしさは僕らには感じきれないが日常の笑顔の中に少しだけ感じることが出来たような気がした。


反省会という名の最後の飲み会を終え僕らは仲良くなった地元の子達と、今回お世話になっている高校の先輩の翔さんともに大船渡で行われていた

三陸 海の盆

へと向かった。

これは震災後始まったもので、第三回を迎える。
追悼の意を込め、周辺地域の郷土芸能を集めて盆踊りと音楽で作られる。

大船渡、仮設屋台村の特設会場には地元の方も多く来ている。スタッフは外部のボランティアも多い。
出店もたくさん出ている。
とても楽しそうな雰囲気だ。

P8110014.jpg


僕らがついたころには南三陸町の鹿子踊が披露された。

獅子頭と、鹿の角、特徴的な飾りがついて舞われる鹿子踊。

南三陸町の鹿子踊はおよそ300年以上前南三陸町のとなりにある登米領主が召し抱えていた伊藤伴内持遠が名付け創始したとされている、と解説に書いてある。
南三陸町の志津川の南戸倉にある水戸辺地区の小高い丘の上にはそれを裏付ける石碑が今も残っているらしい。

先日戸倉の津宮にお住まいの銀鮭漁師さんから銀鮭とホタテを頂いたご縁があって非常に興味深く見ていた。


鹿子踊はプログラムに書いてある他の地域にも見られる。

先日七夕を引いた和野地区では獅子ではなく虎が舞われ、毎年1/15に披露されるらしい。
参加するとお年玉やお菓子が貰えるようで地域の子供達は楽しみにしていた。



今回参加していたのは以下だ。

◎大船渡市
赤澤鎧剣舞
仰山流笹崎鹿踊り
平七福神
寺町一座
川原鎧剣舞
大船渡東高校太鼓部
フラ・カメリア

◎大船渡市外郷土芸能等
黒森神楽(宮古市)
臼澤鹿子踊(大槌町)
本郷桜舞太鼓(釜石市)
青笹鹿子踊(遠野市)
藝道宗演歌舞練会(陸前高田市)
小府金神楽(住田町)
崎浜大漁唄込(気仙沼市)
水戸部鹿子踊(南三陸町)
河内屋菊水丸(大阪府)
岩崎鬼剣舞(北上市・友情出演)
バンブーダンス(気仙在住フィリピン出身者)

各芸能が20〜30分づつ披露される。
これだけのものが一度に見ることが出来る場はなかなかないだろう。
この全て、ひとつひとつに物語がある。
全てを一度に追いかけることは出来ないがこういった地域芸能の 入り口 が提示されたことは非常に興味深い。

P8110026.jpg


P8110031.jpg


芸能という切り口で三陸がひとつになる行事となった。

僕は運転だったので飲めなかったが仲間達や観客は酒を飲みながらみんな楽しそうにそれらを眺めていた。
そういった風景が新たに作られていく。


9/1、石巻雄勝にて 鼓舞 という祭りが行われる。
雄勝の地域芸能がひとつになりこれまでの600年ではなくこれからの600年を考えるという。
芸能が新しい形を求め始めているのかもしれない。


この日の締めくくりはLIGHT UP NIPPON。
沿岸各地域で同時に花火が上がった。
毎年なぜか縁があり僕は必ず東北の地にいた。
一昨年は南三陸、昨年は雄勝、今年は陸前高田だ。
素晴らしい縁を頂いている場所で素敵な仲間と見た花火は特別な時だった。

東北の力を信じ僕たちは陸前高田を後にした。














  1. 2013/08/13(火) 02:05:00|
  2. [岩手県大船渡市]三陸海の盆
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

おかえりの七夕、ただいまの風 -陸前高田 うごく七夕-

Asitaskiインターン生のまぎーです。
[maggie]のカテゴリで記事を更新していきます。
どうぞよろしくお願いします! 
 
2013年 8月7日
陸前高田 うごく七夕
---------------------------------------------------
 震災後ニュースでは何度も見聞きしていた陸前高田の地。
初めて足を踏み入れることが怖くなかったと言えば嘘になる。
 
 有名な”奇跡の一本松”。休まず動き続ける何十台にも及ぶショベルカー。
がれきの山々。ずっとずっと遠くまで見通せてしまう海辺の街の姿。
 
 ”復興はこれから”
ということをまざまざと見せつけられ、
これまでこの地を訪れることも、震災に真正面から向き合うこともできなかった
自分の弱さやずるさを改めて思い知らされた私は小さくなっていた。

 そして今回も私は“震災ボランティア”としてではなく”まつりの参加者”。
複雑な思いを抱えながらも、大好きなお祭り。
思いきり楽しもうと決めた。

 縁あって七夕をひかせていただいた和野地区は、
幸いにして津波の直接的な被害は免れた。住宅や田畑のある
のどかな風景の中をオレンジ色の衣装と華やかな七夕で
練り歩く。

七夕3



 ”町内のみなさま 和野の七夕がやってまいりました~” という会長の
明るいアナウンスがはじまると待ってましたとばかりに、地域の人々が顔を出し
笑顔で七夕を出迎え、我々学生にも声をかけてくださる。
 賑やかなおはやしと、こどもからおじいちゃんおばあちゃん
までみんなの笑顔に包まれて、集落全体がオレンジ色に彩られていくような気がした。


 七夕は津波の甚大な被害を被った、旧商店街を中心に陸前高田の街まで練り歩いていく。
かつては商店や住宅が立ち並んでいた場所も、ずっと遠くまで見渡せてしまう。
 遠くに見える華やかな七夕が、交差し、こちらに向かってくる様子は
悲しくもあり、本当に本当にきれいだった。

 ”みなさん空からこの七夕が見えていますか。”
 ”今年の七夕飾りの出来はどうですか。”

 亡くなった人々が無事に陸前高田の地に帰ってこれるように、
七夕は大きく美しく飾りつけられるそうだ。
 
 子どもから大人まで地域の人が心をこめて、明るくにぎやかに
御霊とご先祖様に”おかえり”を伝える。
 ”ただいま”と応えるように、
やさしい風が短冊を揺らす風景を見ていたら、
自然と涙が頬をつたっていた。
 
七夕4


 毎年8月7日に合わせて、お囃子を練習し山車を飾りつける。
 大人も子供もみんな一緒になって七夕を迎える。
 地域のみんなが七夕を心待ちにする。
 地域の人と一緒においしいお酒と御馳走をいただく。
 先人の想いを地域みんなでつないでいく。
そんな美しい光景がこれからもずっとずっとずっと続いて
ほしいと心から思った。
 
 私自身、今回”震災ボランティア”としてでなく、
お祭りを盛り上げる一員として、陸前高田の町を
訪れることができ本当によかった。
 陸前高田を”=被災地”として見るのではなく、
素晴らしい伝統文化と、愉快で素敵な人々の住む
”陸前高田”として見ることができ、好きなまちのひとつになった。

 これから私が”震災復興”や”地域振興”とどう向き合っていくべきか
わかったような気がします。

 和野地区のみなさん、岩大、東北大、神戸大、筑波大のみんな、
素晴らしい体験を本当にありがとうございました。


 またきっと遊びに来ます。
七夕6






 

 
 



 


 

 

 



 
 
 
 
  1. 2013/08/10(土) 17:52:53|
  2. アシタスキユースmaggie
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

“うごく七夕”〜陸前高田へ 1

[日時]2013/8/7
[場所]岩手県陸前高田市和野地区
[祭り]うごく七夕

995133_348306278633479_1690551441_n.jpg


陸前高田までは、つくばから約10時間。
途中休憩を何度もはさんだものの、とても遠かった。


今回の旅の目的は陸前高田の うごく七夕 まつりに参加することだ。


僕宣也と、ユースのマギーと立川くん、そして今回参加する6人の学生と朝8:30、つくばを出発した。
何度となく通った東北の道だが陸前高田は南三陸よりさらに北。岩手県だ。

いつも見えてくるとほっとする風景も今日は通過点でしかない。
道のりは長いが祭りが待っているワクワクが車を滞りなく進ませる。


陸前高田の街は今はまっさらだ。沿岸地域は津波被害で大きな損害を受け、今はがれきも片付き造成地区がずっと続いているように見える。
僕らがついたのは夕方だったが夜になれば漆黒の世界となるのだろう。

南三陸より広い分、夜の闇は深い。


僕らはまず陸前高田のカメラマン、大友さんと合流した。
大友さんは活発な人で、つくばにも何度も足を運んでいるようだ。筑波大生とも面識がある。
僕は初めての面会となる。
しかし祭り前夜、大友さんはなかなか捕まらない。
何カ所か回って、最後にたどり着いた氷上神社で待ち合わせる。



氷上神社の一の鳥居の前にはもうすでに山車が置いてあって、上では地元の小学生、中学生が笛をふき、太鼓をたたいている。

仕切っているのは地元のおっちゃんだろうか。

   もうちょっとゆっくりー!もう一回いくぞー!

明日の祭りに備え最終調整に入っている。
子供達が何とも楽しそうに太鼓をたたいている姿はとても印象的だった。


明日はお祭りだ。


954657_348532291944211_1567083253_n.jpg



祭りの朝は早い。

4:00起床、4:30集合、5:00作業開始だ。

4:30に祭り事務局長及川さんのおうちへ。
及川さんはソフトテニスの愛好家で、多くの大会で好成績をおさめているらしい。
陸前高田はソフトテニスがさかんな土地なのだ。

軽トラで会館へと向かう。

東北での荷台移動のコツはおしりをなるべく浮かせておくこと。
地面がごつごつしているため振動でたたかれるととても痛い。

朝の準備は山車の飾り付けだ。
昨日初めて見た時は想像もつかなかったが会館の中にあるたくさんの飾りがすべて山車に装着される。
色鮮やかに染められた紙飾りやちょうちん、星、花飾りなどとても艶やかになっていく。

飾り作りは1ヶ月以上毎日会館に集まって行っている。
地区の人が集まって作り上げ、みんなで演奏し街をひきまわす。
同じ方向へ向かう。まつりの真髄だ。


出発は8:00。出発に合わせて集合だった外部からの学生やメンバーも集まってきた。
チームカラーはオレンジ。
橙色の半纏、シャツ、帽子、スタイルは決まっていないがみな同じ色をまとい山車にたかる。

氷上神社の宮司によるお祓いが行われる。
お囃子がはじまり山車は動きだした。

祭りがはじまる。

1005337_451368091638156_118443204_n.jpg


氷川神社を出てから地区を回っていく。
太鼓と笛の音が鳴り響き、地元のおじいちゃんおばあちゃんが軒先に出てきて手を振っている。
祭りを楽しみに笑顔で待っている人達の存在をとても嬉しく思う。
山車をひく手にも自然と力が入って、みなにこやかに手を振る。
素敵な風景だ。

このうごく七夕まつりは、まだ60年程の歴史しかないようだ。

現在では陸前高田の高田町のうごく七夕、気仙町のけんか七夕の二種類が旧暦の七夕である8/7に行われるがもともと元祖はけんか七夕だった。
気仙町でおそらく江戸時代にはじまったけんか七夕は七夕同士をぶつけあい双方から綱を引き、優越を決める。
七夕の構造もけんかが行われるためにかなりがっしりしているようだ。
そのけんか七夕をもとに高田町でも七夕に山車がひかれるようになった。
こちらはうごく七夕として高田の街を彩る。

うごく七夕は構造こそけんか七夕より華奢な作りだが飾り付けは各地区工夫をこらし艶やかで美しい。
ライトアップされる夜の姿はとても幻想的であるという。

夜が楽しみだ。

今では流失してしまっているが高田町の元中心の市街地に12の地区の山車が集まってくる。
高い建物がなくなった街中では山車の存在はどこにいてもわかる。

普段見ることのない高田の街のまつりの姿だ。

各地区が囃子を奏で、街を色づけている。


囃子手の子供達も本当に楽しそうだ。

素晴らしいまつりの風景がリアルタイムに進行していた。



  1. 2013/08/09(金) 08:40:32|
  2. [岩手県陸前高田市]うごく七夕 
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

カレンダー

07 | 2013/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

プロフィール

日本文化を未来へ

Author:日本文化を未来へ
今やれる精一杯を、大切な場所へ。

友情、絆、縁、友達、ふるさと。

大事にしたくて、大事にしなくちゃいけないもの。

大切な毎日をすこしずつ。

twitter:@asitaski
mail:blackleopard04sあっとまーくgmail.com

最新記事

カテゴリ

未分類 (0)
想い (2)
筑波てづくり御輿 (5)
[岩手県陸前高田市]うごく七夕  (2)
[岩手県大船渡市]三陸海の盆 (1)
[宮城県石巻市雄勝地区桑浜]白銀神社例大祭  (7)
[宮城県石巻市雄勝地区雄勝] 復興商店街たなこや御輿 (3)
鼓舞 おがつ秋の芸祭 (4)
[神奈川県小田原市]大稲荷神社例大祭  (4)
[岐阜県郡上市]徹夜おどり (1)
[山梨県小菅村]小永田熊野神社 (1)
災害復興支援 (10)
RunforJAPANinGC (6)
アシタスキユースmaggie (2)
先駆村 (181)
[長野県長野市]武井神社 (1)
[岐阜各務原]手力雄神社 (3)
[宮城県石巻市雄勝]大須八幡神社 (3)
祭り (2)

最新コメント

Twitter

 

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。