先駆村/明日襷-asitaski-/日本の祭り 災害復興支援

先駆村/明日襷-asitaski-/日本の祭り

僕らが未来へ残していける風景を考え、学ぶ。明日へつなぐ僕らの襷。明日がもっと好きになる。アシタスキ。日本の祭りや文化,人々を動画や写真,文章で紹介していきます。

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Project KInoHA 木羽

僕が南三陸町へ入った時から約1年半が経った。

2011.3.11。


まぎれもなくその瞬間から僕の人生が変わっていく。

物語の始まり。



RunforJapaninGC。

雄勝絆神輿。

キャンドルナイト。


たくさんの奇跡が起きた。

僕と、たくさんのみんなの優しさが本当に素敵な奇跡を起こしてきた。



誰かのために一生懸命になること。

犠牲じゃなく貢献。

いつも僕の原動力はそこにある。



今、もう一度奇跡を起こしたい。



ワクワクしている。




たくさんの小さな奇跡が起こり素敵な物語が始まる。

KInoHA 木羽 は、南三陸町で作られる 経木 の作品達だ。


経木とは、これ。

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その薄さ0.15~0.25mm。

日本が世界に誇るカンナの技だ。

昔紙が貴重だった頃経木はお経を書くのに使われていた。だから 経木。

経木はこうやって作られる。





しかし経木はその高い技術にも関わらず職人の高齢化と後継者不足により少しずつ消えていっている。



経木の機械を南三陸町へ届けた。


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八月。うだるような真夏、汗と機械油にまみれながら静岡島田、60年続いた経木屋から機械を譲り受ける。





南三陸町に新たな産業を。

目の前から消えそうな日本の伝統を、大切なアイデンティティーを守らなければいけない。


人生かけて神輿を作り続けたじいさんのような最高の日本人を最高にかっこいいと思って欲しい。


やらなきゃいけないし、やりたいことがそこにある。




普通の生き方じゃないかも知れない。

もっと華やかで、スタイリッシュな生き方もある。

こんなに泥だらけになって

大切なものを失っても

とっても難しいテーマにもがき苦しみながらも立ち向かっていく。


それでも、やらなきゃいけない。

誰かがじゃなく 俺 がやらなくちゃ。


まだまだ、これから。

明日また行ってきます。


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ここに経木の工場が建つ。



経木の職人となる渡部さんの元家。

今は津波で流され何もなくなってしまった。


もう一度息吹を。






渡部さんとともに立ち上げた一般社団法人かささぎはKInoHA木羽をプロデュースしていきます。

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  1. 2012/10/25(木) 18:11:30|
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石巻牡鹿ぼっぽら食堂建設

ご無沙汰してます。


最近ずっと東北におりました。

何をやっていたかと言いますと石巻牡鹿の浜のお母さんのチームマーマメイドが今度始める


ぼっぽら食堂 


というお弁当屋さんを建設していました。


そもそもなぜ僕が牡鹿で弁当屋さんを作ることになったかと言いますと 笑

それはお友達の友廣くんの相談から始まりました。


いつかともぴーから電話があって牡鹿でお弁当屋さんを作りたいんだけど…との相談でした。


このぼっぽら食堂は震災後全てを流されてしまったお母さん達が漁網で編んだミサンガを売り


いつかまた何か出来たらいいね


と一生懸命未来へつないで来たものです。



その物語にドイツの企業から応援があり予算がつきました。

ただ石巻の工務店では忙しく仕事を受けてもらえません。


そのため僕に相談がありました。

ただ僕もプロではないため仲良しのつくばの渡辺さんという建設会社の人に相談してみました。

渡辺さんもつくばから行って一件建てるのは現実的に難しいのはわかっていながらも一度現場を見に来てくれました。


そこでつむぎやの多田君と出会い、現地を見て現場のお母さんとやりとりする中で

俺がやるよ

と言ってくれました。


ただ遠いことや現地で材料が手に入りづらいこと、宿泊や行き帰りなど、予算が決まっている中で設計屋さんとやりとりしたり材料を買い付けたりするのが本当に大変そうで、始まるまでが一番苦労していた点です。



ただなんとか話がまとまり6月15日から施工が始まりました。

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約3週間の工程で一気に建てました。

最初の週は渡辺さんの長男、次男、三男みんな来てくれて一緒に仕事しました。

渡辺さん一家がみんなで仕事をするのは10年以上ぶりだそうです。

牡鹿という場所でたった一週間でしたが渡辺さん一家が一緒に仕事をし、そこに混ぜて頂いたことに本当に絆、人間同士の思いのつながりを感じました。


今回の仕事はお金だけでも思いだけでも遂げることはできませんでした。



本当に信頼できるつながりを大事にしてきたからこそ普通で出来ないことでも乗り越えられる。

人と人とが力を合わせ、本当に大切に思うことで成り立つことに感動が、物語があります。



僕はいつまでもそれを大事にして行きたい。

どこまで行ってもこの世界は人間対人間で出来ているんですね、きっと思いが奇跡に変わるはず。


来週完成予定です。



ぼっぽら食堂のお弁当は、きっとまた僕の宝物になると思います。














  1. 2012/07/13(金) 00:18:11|
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GW東北

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ゴールデンウィークも東北へと行ってまいりました。

ほとんど毎週行ってる東北。

僕はいろんな所へ行くことよりもこうやってひとつの場所へ何度も何度も通い、故郷のようになっていくのがたまらなく好きです^^


さて、今回の東北の目的はお花見!

今までお世話になった方が集まってみんなでわいわいやろうって企画です!

僕らは3日の朝出発したのですが夕方から前も見えぬくらいの豪雨!

ちょうど名取あたりを走っていましたがすさまじい雨で三陸道乗るまでの松島あたりは真剣に事故るかと思いました。


そんなこんなでやっとついた南三陸。

別で行った車を迎え、中瀬町仮設集会場へと向かいます。


集会場には東京墨田から来ていたガクつなのメンバーが先に入っており、和泉さんとくつろいでいました。


こんな大雨で45号線は通行止め、町は水没です。

そんななか気仙沼に行きたいので道を教えてくれという秋田の学生に登米のほうから行く行き方を教えて案内してあげたら秋田のブラックバームもらっちゃいました!ラッキー!無事たどりつけたかな??



次の日は朝から雄勝町へ。

この前雄勝カフェのときにステージへあがってくれと頼まれたので急にステージに上がることになりまして・・・


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神輿甚句を披露!

この日は北海道や岐阜の方なんかもいらっしゃってていろんなその土地の催しが見れました。

またご当地ヒーローも来ててなかなか面白かったかな 笑

そして仮設商店街のおさかな屋さんでホヤのお刺身食べました!

特別にその場で切ってもらって・・・

いやあ、うまいなあ~!

贅沢!!


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それが終わってから南三陸に戻るともうバーベキュー始まってました~。

ずっと前翔太、泰門、壮馬の三人に完走証を渡した時と同じ所でまたバーベキューです。


懐かしい顔がそろっていい感じ。

さらに今回は友達の赤坂ポンちゃんが南三陸のPVを撮るということで書家の三船セージ君も来てくれて書道パフォーマンスも!

こんな作品が出来ました!


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地元の方も喜んでくれて本当に良かったです。


浅利そのみさんも、本当におめでとうございます!





次の日は今回の遠征のメインイベント。

南三陸の塩害杉を切り出します。


今回杉を切らせていただいたのは南三陸町渡辺重一さんの山。

実は僕が避難所にいたときに一緒の体育館で生活していた渡辺重一郎さんにお父さんです。


いやあ、縁はつながるものでして。


チェーンソー持って切り出しに行きましたよ!!

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いい感じです。これを群馬の工場へと持っていきます。

使えるのかな~??

楽しみです。








その後平成の森の仮設住宅、渡部正行さんのところへ行きました。

この方は塩害杉にいち早く注目した方で、なんとか塩害杉を使った製品を作れないかと試行錯誤しており、僕も塩害杉に注目していたので紹介されていた方です。

渡部さんは実は気仙沼クラシックカークラブの会長さんで、自慢のグロリアを見せてもらいました。

渡部さんは車が大好きで、もう40年くらい乗ってるそうですが本当にきれい!

全部自分で整備するそうです。

自動車大好き自動車整備士の泰門くんも目がキラキラしていました!

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今回の塩害杉を加工、デザインし、渡部さんを代表とした工房を立ち上げて行きます。

そんな風になるかはお楽しみ!ワクワクです。



そしてそのまま戻って、今度は群馬相老へと杉を持っていきます。

群馬相老佐藤経木工場は現在どんどん減っている経木を生産する工場。


今回の塩害杉、経木の形で使えるかどうかはやってみないとわからんとのことでしたのでがんばって持って行きました。



今回この工場を紹介していただき一緒に来てくださったのがKIZARAプロジェクトを行っている石井真人さん。

この方は先日松下政経塾を訪ねた際古山塾頭に紹介していただいた方です。

いやあ、縁は大事ですね! 笑





さて、ついてもらいます。

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僕はこの経木をつくる機械初めてみたのですが感動でした!

なんてすばらしんでしょう!!


日本の技術はすごい!




木がこんなに薄くペラペラになっちゃいました!

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感動ですね。




この素材は可能性を広げます。


この経木で製品を作れれば、林野庁も協力して販路を紹介して頂けるとのこと。



さらにさらに昨年11月経木生産を辞めてしまった工場からなんと機械もいただけるということです。

それを南三陸へと持っていきます。


これからもっともっと渡部さんと連携を取りながら第二の故郷南三陸町を盛り上げて行きまーす。






























  1. 2012/05/08(火) 18:38:07|
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雄勝キャンドルナイト

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4/21,石巻雄勝にてキャンドルナイトが行われました。


このキャンドルナイトは、各地で行われる追悼のキャンドルの火というわけではなく電気が遅くまで来なかった雄勝町が、この日にはろうそくの火だけで町を照らすというエコイベントをできるまで復興した!というイベントだそうです。


イベント前の週、現地トモノテの千鶴さんより電話がありました。






 藤原君元気ー?実はちょっと相談があるんだけど・・・

はい?何か?

 来週の最初くらい暇?

う~ん、どうかしました?東京くるんすか?

 実はちょっと和歌山まで行ってほしいんだ・・。

和歌山?なぜ?
 
 ちょっとトラブルで21までにキャンドルホルダーが1000個必要なんだけど手に入らなくなっちゃってさー。
 和歌山の人が貸してくれるみたいなんだけど私忙しくて取りに行けないのよーしかもクロネコヤマトに頼むと片 道15万も取られるんだって;;

う~ん買えないんですか??

 キャンドルホルダーって一個200円くらいして、しかも1000個で送料入れるとお金かかりすぎちゃってさ・・・
 今度ボランティアが来てろうそく作ってもらえることになってるんだけどキャンドルホルダーでもいいよって言 ってくれてるんだけど作れたりするかな?
 
竹とか切ればいいんじゃないですか?その辺生えてますよね?
 
 でもボランティア子供たちとかだからあんまり危険なことやらせらんないんだよね~。もっと簡単なのあるか  な??

う~んじゃあ僕作りますよ。来週までに持ってけばいいんですよね??





 
みたいな流れでほぼ一週間で竹キャンドルホルダー1000個作ることになりました。

具体的にキャンドルホルダーとはこんな感じです。

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これを1000個。

一個に対し竹一節必要になります。

竹一本につき大体15~18節取れるので1000となると約60本の伐採が必要になります。


そして早速いつも竹をいただいてる山に竹を切りに行きました。

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山の作業はとにかく疲れます。

だんだん暑くなってきて、水分がどんどん奪われる。

しかも山に入る割と危険な作業なのでこれは一人で行いました。


竹を切る際、まず竹山の入口まで軽トラックで入っていきます。

ここは狭くてすごく道が悪いので四駆のトラックでも2速で慎重に進んでいくようです。

そこから山に入り竹を選んでいきます。



竹切りと一概に言ってもその辺にあるのを手当たり次第切ればいいわけではありません。

この竹山は随分切りに来ているので入口あたりは密度はそんなに多くありませんが


ふつう竹やぶは無限に竹が生え、足の踏み場もないくらいになってしまいます。

そこから生育のあまり良くない竹や密度が濃すぎる竹を選び切っていきます。

今回キャンドルスタンドということで割と太さのある竹が必要になってきますが太さのある竹は重いし長い。

またふつう間引きしなくてもいいくらいのサイズなので選ぶのも大変です。

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60本もいっぺんに切るとなるとちゃんと選んで切っていかなければ竹やぶ自体にダメージがあるので丁寧にやらなければなりません。

ここは神輿、凧用の竹ひごだけでなくもう少しすればおいしい春の慶びであるタケノコも恵んでくれます。

そのためにも大事にしていかなければなりません。


一回山に入り、約3時間。

ただただ竹を切り続けます。

竹を切る際、まず上を見上げ、竹の傾きを見ます。

竹が倒れるほうへノコギリを入れていかなければのこぎりを食ってしまい、ぬけなくなるばかりでなく下手するとのこぎりが曲がってしまいます。なので必ず向きを確かめます。

そしてなるべく下のほうを。景観を良くする意味もあります。

いい加減に切った竹がたくさんある竹林はあまり気持ちのいいものではありません。

そして必ず節の下を切ります。節の上をきると竹が傾いて来たときに竹は割れてきてしまうからです。

竹を切るだけでも細かなノウハウがたくさん必要になります。




そんな感じで3時間では20本が限界。体もかなり疲弊しあたりも薄暗くなってきます。

20本の竹を約2mの長さに刻みトラックに満載で学校まで持っていく。

仕事は竹を切りだすだけではありません。

そこから積み下ろした竹を一つ一つキャンドルホルダーの形にしていきます。

細めの竹は機械で刻むことができますが少し太めの竹は手で切るしかありません。

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ただただ一生懸命、学校では合流した仲間とともにキャンドルホルダーを作っていきます。


作業は毎日深夜まで続きます。



みんな汗だくになってただただ雄勝町のために切っていく。


慣れないのこぎりの作業に悪戦苦闘しながらみんなの思いを込めていきました。


17日、すべての工程を終えました。本当に大変でした。

ついに千本のホルダーを切り終わったとき、そこにいた仲間と喜びを分かち合いました。

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週末じいさんの納骨式があり横浜へ帰らなければならずその場にいれなかった時も仲間が竹を切ってくれていました。

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

たくさんの人の協力を得、完成させました。これで現地へと届けることができます。



18日。この日は地元湘南辻堂は松下政経塾に訪問する用事があったため、朝から辻堂へと向かいました。

松下政経塾塾頭に政経塾内を案内してもらい、様々なお話を聞いていただきました。

僕自身政治は全く志していませんがそんな僕の話でも真摯に耳を傾けてくださって本当にうれしく思いました。


そして結局つくばへ戻ってきたのが夜の11時。

竹の置き場に戻り茨城新聞社の記者の方も駆け付けてくれて軽トラックへと山盛りに詰め込み、多少の取材を受けてついに出発しました。

納品は19日の昼までということだったので無理をせず、途中仮眠をとりながら昼にたどり着きました。

待っていてくださった現地の方とともに竹を降ろし、僕はどうしてもはずせない用事が20日にあったのでその日のうちに帰らなければなりません。

雄勝町を早々に切り上げ、たまたま来ていた一緒に雄勝神輿を担いだ仲間の立石さんに会いに一路南三陸を目指しました。

一緒に夕飯を頂きながら今後の支援の話をし、結局夜10時ごろになってしまいます。


そのまま走り続け、つくばについたのが朝5時。

朝の光を浴びて僕はすぐに東京へ向かうのでした。




21日のキャンドルナイトではしっかりキャンドルホルダーを使っていただけたようです。

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僕の一生懸命が、現地の方の喜びに変われば、幸いです。
  1. 2012/04/25(水) 17:21:16|
  2. 災害復興支援
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登米の三浦さんちへ

こんにちは。


先日もう一度東北へと行ってきました。

現在は主に関東で震災復興に関わっていますが

定期的に東北の方へと顔を出すことも非常に重要です。


今回は石巻雄勝に仮設住宅の方向けの農地を作るというプロジェクトを推進するためジャパンバイオファームという企業の方と一緒に行きました。

この会社の代表である小祝さんは今回の僕の災害復興支援に多大な協力をしていただき軽トラも借りています。


ただ今回まだ雄勝がすぐにできる状態ではないということでとりあえず土壌分析をすることになりました。

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土壌分析は三浦さんちで行いました。

農家のおうちが実験室に早がわり。

理系の僕らは薬剤などなじみのあるものでしたが

みなさんはなれない専門用語に非常に眠そうでした 笑

しかしこうやって分析することにより津波が来たところでも農地として使えるのかどうかわかります。

ついでに三浦さんちも分析することになりました。

現在の土の状態からこれからの施肥の方法が明らかになります。


それが終わると近くの知り合いの農家さんの草刈り。

得意の刈払機を振り回させていただきました 笑

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今回津波被害が来たところではなく内陸部の農家さんを手伝わさせていただきました。

南三陸町の隣町の農家さんは普通の農家さんと条件は同じです。

しかし宮城県を支えて行かなければならず、さらには風評被害という大きな問題を抱えています。

津波の被害が来たところばかりではなくこうやって内陸部を手伝うことも非常に重要だと感じました。

宮城県全体が一丸となって、本当は日本全国が一丸となって東北を支えていかなくてはなりません。


今台風の被害も大きくなっています。

同じ日本人として兄弟として出来ることをこれからも続けていこうと思います。

三浦さんいつもありがとうございます。
  1. 2011/09/22(木) 21:35:02|
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今やれる精一杯を、大切な場所へ。

友情、絆、縁、友達、ふるさと。

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大切な毎日をすこしずつ。

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